本研究の目的は、偶然性のある物語を映像で成立させるための表現技法の考察である。アルゴリズムによって作り出される繰り返しの中に偶然性を内包することで、物語としての文脈を維持しつつ、見るたびに異なる一回性の高い映像表現を制作し、こうした構造が物語を語りうるのか、そして物語を語るためにはどんな表現が必要なのかを考察する。

2.先行研究
2.1 音楽のサイコロ遊び
18世紀中頃にヨーロッパで数多く出版された「音楽のサイコロ遊び」は、楽譜に記されたメロディーの断片をサイコロを振って組み合わせるものである。サイコロという偶然性が音楽の成立に大きな影響を及ぼし、可能な組み合わせは膨大なものとなる。また遊戯としての役割だけでなく「より大規模な曲 、例えば交響曲のようなものの作曲にも役立ち、作曲技法の手ほどきの要素を持っていた」(楠ら,2016)[注2]とされている。

2.2 シュルレアリスム
アンドレ・ブルトンは1924年の「シュルレアリスム宣言」[注3]においてシュルレアリスムと名付けた芸術運動の指針として「連想形式の優れた現実性や、夢の絶大な力、思考の無私無欲な活動などへの信頼に基礎をおく」と定義され、自動記述という即興性の高い手法が用いられた。また、シュルレアリストの一人ルネ・マグリットの作品では、しばしばビジュアルと作品名との間に大きな隔たりがあり、視覚情報と言語情報の意味のずれが鑑賞者の想像力を強く喚起する効果をもたらしている。

2.3 ジェネラティブアート
シネマトグラフから続く一般的な映像は始まりと終わりが固定的であり、静止画の連続的である。しかし1960年代から始まったとされるジェネラティブアートでは、コンピュータを用いたアルゴリズムで秩序と無秩序を制御することで、見るたびに異なる非固定的な映像が可能となった。『ジェネラティブアートとは何か?』(Philip Galanter, 2013)[注1]でGalanterはこの表現様式ついて、手続き的な創意を用いて、芸術作品に対して何らかの自律性を働かせたり、その結果を生み出すようなシステム一式を用いて行う芸術的な実践、と定義づけている。

2.4 ゲームの世界における表現
《Everything》(David OReilly,2015)[注4]は原子の一つから、微生物、動物、さらには惑星まで、様々な対象物に乗り移れる仕組みとなっており、世界の有様を多種多様な視点から観察しながら、存在そのものについての思いを巡らせるゲームである。素粒子から銀河の彼方まで視界のサイズが変化する短編映像作品《Powers of Ten》(Charles Ormond Eames, Jr 1968)[注5]で描かれた世界を操作できるかのような作品となっている。

3.研究方法
3.1 調査の考察
偶然性の高いメディア表現は18世紀から存在するが、こうした表現の多くは、非秩序的な側面が重視されるため、物語を表現しにくく、抽象的な視覚的要素や動きが表現の中心になることが多い。
物語には起承転結や文脈の連なりが必要である。偶然性のみを用いては、その連なりが破壊され、大きく物語や映像が乱れてしまう。こうした混沌とした映像は、混沌自体をテーマとした場合は価値を持ちうるが、通常の物語を伝えることは困難である。

3.2 仮説
固定的で変化の少ない現実的情景と、偶然性の高い非現実的な情景を交互に繰り返すことで、見るものの想像力を想起させ、多様な物語が生まれるのではないかと仮説を立てた。

3.3 表現技術の選定
リアルタイムに映像を生成し、物語を表現するためには、自由なカメラアングルや空間性、人物描写が求められ、奥行きや立体的な視覚表現も必要となる。また、リアルタイム性の高い表現のためには、様々なアルゴリズムを即時に実行できるソフトウェア開発環境も必要となる。そのため、米Epic社のゲームエンジン「Unreal Engine」用いた三次元コンピュータグラフィックスを採用する。
3.4 映像の構造
一定間隔で定形的に繰り返される情景を物語の基盤とし、その後に展開される超現実的な偶然世界へ飛び込む足場とする。鑑賞者がこの「繰り返し」と「偶然」を往来しながら、物語を自らの想像の中で編み出すことを狙った構造である。(図1)

図1 映像展開の構造

3.5 情景の舞台と表現モチーフ
作品名を「或る日の途中下車」とする。通勤電車と夢という二つのモチーフを採用し、毎日繰り返される日常の中に、突然現れては覚める不思議な夢、という映像展開とした。規律の中にある社会活動から(図2)、自由で束縛のない妄想への離脱(図3)。さらにそれらが終わりなき「夢の中の夢」という重層的な並行世界に畳み込まれているかの様な感覚を表現することが狙いである。
偶然性が多く盛り込まれる夢の情景では、私自身が日常の中で感じている小さな感情のゆらぎを盛り込んだ。具体的には「傍観という後ろめたさ」「義務への無意識な執着」「対話不能なものへの忌避」の三つである。これらを、様々な要素を組み合わせることで生まれる比喩として映像の中に表現する。

図2 繰り返しの起点となる日常の情景

図3 偶然性の高い夢の情景
3.6 シーンに添えられた言葉
画面下部に言葉を添え、映像のニュアンスに変化を与える。なお、この言葉は複数の辞書からランダムに組み合わされるため、数十万以上のバリエーションが可能であり、同じタイトルが添えられることはほぼ無い。同じビジュアルであっても言葉によって異なる意味の情景となるはずである。

4.考察
偶然性のパターンを増やすことで、表現としての面白さは向上していくが、それだけでは目的としている多様性や物語性は感じにくく、単に映像をシャッフル再生しているのと変わらない印象となってしまう。しかし試作を続ける中で、前のカットで出現したオブジェクトが、次のカットで残ったままになるという不具合が発生した際、作者自身が全く予想していなかった意外な物語性を感じた。そこで乱数を制御するアルゴリズムを調整し、偶然と偶然が連鎖するような展開を積極的に取り入れることにした。この改良によって目標としていた映像に近づくとともに、作品としての意外性や独自性にもつながるのではないかと考察する。

5.結論、今後の展望
現時点では、構想の一部が映像化している状況であり、映像全体の構造を確認するための試作品としての完成度に留まっている。そのため、作品内で描かれているモチーフのディテールや色彩、動きや音楽において十分な検討や制作が及んでいない。特に色彩に関しては、印象度の変容が大きいため、必要性や心理へ与える影響を精査する必要がある。
今後は、作品全体の完成度を高めることを目標に、各要素の細部を検証しながら制作を進める。また、作品への客観的な意見を収集するヒアリングやアンケートを実施し、当作品が表現しうる物語の特性についてさらなる研究を進めながら完成を目指す。

6.参考文献
[1]楠俊明, 松井見磨 , 安積京子 , 市川克明 , 井上 洋一, 福富彩子 : 温故知新!新しい音楽づくり活動への試み, 愛媛大学教育学部紀要, 2016
[2] Andre Breton : Manifeste du surréalisme, 1924
[3] Philip Galanter : What is Generative Art? – Complexity Theory as a Context for Art Theory , 2003
[4] David OReilly : Everything, 2015
[5] Charles Ormond Eames, Jr : Powers of Ten, 1968

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